2005年01月04日

書籍『結ぼれ』

 さあ、ようやっと手に入れたR.D.レインの『結ぼれ』です。正月に読破しました。それほど厚くはないのですが、声に出して読む程度のスピードでなければ読めない本です。意外と時間がかかります。
 詩集というより……物語のプロットだと思って読んだ方がテンポがつかめる本です。論より証拠、すこし実際に読んでもらいましょう(P.28〜29)──

《まさしくぼくに食べられたいという彼女のねがいによって
彼女はぼくを食べているのだ》と、彼は感ずる

そもそもの初めには
ばりばり食べたいまたばりばり食べられたいと望んでいた二人が
いまや、ばりばり食べておりまたばりばり食べられている

   ばりばり食べられたいという彼女の食いつくさんばかりの欲望によって
彼がばりばり食べられているということによって、彼女はばりばり食べられている
   彼が自分をばりばり食べてくれないということによって
彼女がばりばり食べられているということによって彼はばりばり食べられている

   自分がばりばり食べられはせぬかという恐怖によって
彼はばりばり食べられている
   自分がばりばり食べられたいとの欲望によって
彼女はばりばり食べられている

自分がばりばり食べられはせぬかという彼の恐怖は
みずからの貪食によってばりばり食べられはせぬかという彼の恐怖から生ずる
自分がばりばり食べられたいとの彼女の欲望は
ばりばり食べたいとのみずからの欲望への彼女の恐怖から生ずる。


──なんだこりゃ、と戸惑いを覚えたかた、おかしくないです。それで正常です。
 上記の引用部分を詳しく分析すると──

・彼女は彼に食べられたい
・だから彼女は彼を食べている
・二人はばりばり食べ食べられたかった
・彼と彼女は食べ食べられている
・彼が彼女を、彼女が彼を食べているだけとは限らない
・少なくとも、彼は彼の恐怖に食べられ、彼女は彼女の欲望に食べられている
・彼の恐怖は欲望から、彼女の欲望は恐怖から生まれたものである

──ちょっと省略してますが。つまり彼は「欲望→恐怖→食」、彼女は「恐怖→欲望→食」という思考ルートを経て「ばりばり食べ食べられている」。チャートで書けば簡単なことです、文章にするとこんなに大混乱で面白い。もしくはその大混乱を表現するためにあえて文章化している。

 本書『結ぼれ』は全編にこんな調子です。ここでは「ばりばり食べ食べられる」という表記上面白いページを引用しましたが、その他のページでは単に「恐怖させ恐怖する」「知るを知らない」「悟ると悟れない」などが展開しています。さほど各単語の意味は難しくありません。
 この本で描写されているのは一種の精神的な迷宮です。「自分が相手を傷つけたと思うと自分が傷つく」というような。しかもそれは「『自分が相手を傷つけたと思うと自分が傷つく』と相手が思っていると思うと自分が傷つくと相手が傷つく」と反射され増幅してゆき、さらに「相手が自分が傷つかないということに傷つく」「相手が自分が傷ついていないように見えることに傷つく」と多重に錯綜します。ページが進んでも「傷」が「恐怖」になったり「蔑み」になったりする程度で、状況の根本は変わらず、登場人物は泥沼から抜け出せません。互いに傷つき続けます。まさに「結ぼれ」「結ぼれる」状態。

 著者のR.D.レインは精神科医です。訳者による後書きを読むに、この本は「詩集の体裁をした哲学書」であるそうです。もちろん詩集として読んでもいいですし、病例集としても読めますし、脚本として舞台を思い浮かべて読んでも面白いでしょうが、本書の根本がレインの人間分析にあったという印象はすごくします。読み物をこさえているというより、孤独な弁証をしているような。

 他に類のない本です。あるテーマを徹底的に書きつくすことによって、分類を超え異形に達してしまった本。こういうの、好きです。
 ところで、原著は1970年、もう30年も前に出た本なのに……いま日本語で読んでも「新しい」と感じるのは何故なんでしょうね。「斬新」という語にぴったりあてはまる感じがするのは。

   ◆

書名:結ぼれ
原著名:KNOTS
著者:R.D.レイン(R.D.Laing)
訳者:村上光彦(むらかみみつひこ)
発行所:株式会社みすず書房
1973年11月25日第1刷発行
1982年6月10日第8刷発行
8005 ISBN4-622-02346-6
定価1300円
posted by 若原光彦 at 18:52 | Comment(0) | TrackBack(0) | 書籍
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