2005年02月01日

書籍『現代詩作マニュアル』

 自分なりに感想を書こうとしたら。その前にこちらを見つけました──

いんあうと:「詩の森」で生き抜くための最強のマニュアル ―野村喜和夫『現代詩作マニュアル』をめぐって―
http://po-m.com/inout/pubdoc.php?id=KerKAemDap1azvbY

──本書を読んでいない人には「わかりにくい」かもしれないし、本書を読んだ人には「考えすぎ」のようにも感じられるかもしれませんが、まっとうな文章だと思います。考えすぎ、というより、考えられるだけの予備知識がある人の感想、として読みました。ご参考までに。

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 さて、私なりの本書の紹介に戻ろうと思います。

 この本は「よき入門はよき専門に通じる」をキャッチコピーとした『詩の森文庫』というシリーズの一冊です。詩の世界を歩き回りたい人のために用意されたラインナップの一冊です。
 断っておきますが、ごっちゃになるといけないので、『詩の森文庫』シリーズへのコメントはここではしません。私はこの一冊しか読んでませんし。この本のことを書きたいだけなので、この本についてだけ書きます。

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 めちゃめちゃ良い本です。内容は「現代詩の歴史」「詩のしくみの解説」「詩学キーワード」の三本柱となっています。知りたかったことがこの一冊に! という感じです。インターネットの利用者も視野に入れて書かれたとのことで、簡潔でテンポがいいです。著者の思想を押し付けてくるようなこともありません。万人に向けての書です。

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「現代詩の歴史」では、終戦から1980年代までの詩の流れが簡単にまとめられています。やや駆け足ですが、そのぶん読み進めやすいです。

 私たち若い世代は「主義思想と作品は別もの」「作品が目指すところはエンターテイメントであって、思想ではない」という意識でいます。政治思想から生まれる作品も、時代の潮流にあわせて作風が変わるなんてことも信用していません。創作の要因は個人にあるのであって、時代にあるわけではない。……と、多くの人が思っています。
 なので、いきなり現代詩についての文章を読むと戦争や学生運動などが大量に出てきて面食らうことになります。時代と作者と作品が繋がらない。「そういう人もいるでしょうね」「そういう時代だったんですね」という感想しか持てなかったりします。

 現代詩の歴史に触れることは必要ですが、そのためには「現代詩の変遷」と「時期ごとの代表作」と「戦後昭和史」を同時に読む必要があります。本書はその点を押さえ「こんな時代で、こんな人が出て、こんな作品を書き、こんなグループを組み……」と、時代や文化・詩人や作品が平行して進んでいく構成がされています。何があってどんな作風があったのか、おおまかに理解できます。

 残念なのは(90年代・2000年代はまだ総括できないということなのでしょうが)解説が80年代でぷっつり終わることです。1980年代から現実の2005年までが繋がらず、歴史に対する自分の位置が見えてこないのです。でもこれは逆に言うと「若い世代を決め付けずにおいた」という配慮なのかもしれません。「現行の歴史はそれぞれが考えてみてね」と。

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 次の「詩の原理」の章では、詩について深く考えたことのない人に向けて「詩ってこういうものなんだよ」と詩のしくみが解説されています。……が、「詩のしくみ」とは「詩の定義」のことに他ならず、話は「詩とは何か」「何がどうなったのが詩か」「何をどうしたいのが詩作者か」という方向へ掘り進められます。言語学者の見解なども出てきます。
 なにやら難しそうですが、実作者ならセンスで理解できると思います。(あまり書くとまだ読んでいない方の感動を奪うので少しにしますが)「詩とは世界の捉え直しである→世界を捉え直したいと思う、一般社会に不足を感じる→怒りや恋愛経験が詩を書かせる」など「そう言われれば、なるほど」と思える話が繰り広げられます。なんとなくわかっていたことが、理論で説明されてゆく、知の快感が味わえる章です。

 専門用語も出始めますが「専門用語を学ぶいい機会」でもあります。次の章をひきつつ読み進めるといいと思います。

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 三つめ「詩学キーワード」の章は、用語集です。まず「エクリチュール」「イロニー」「シニフィエ」のような耳慣れない語の解説が助かります。「イメージ」「リズム」のような、わかったつもりでいる語も出ます。「定型」「散文詩」「メタ詩」といった語ではその形式の説明が「どういう時代に起き代表的なのは誰か」と詩の歴史全体から説明されます。「余白」「固有名詞」「詩行」のような、実作者向けの項もあります。
 掲載されている語は、厳選された少数です。専門用語や一般用語に枝葉を伸ばしすぎず、基本的なキーワード+αぐらいに留められています。……詩作者には「自分用語・独自用語」が多く、項目を増すとそのぶん編者の主観が現れてしまいます。本書はそこに配慮して、基本的なポイントのみを選んだのでしょう。

 私には最もエキサイティングな章でした。「主体」の項を読めば「詩の主人公とは誰か」と考え、「隠喩と換喩」の項を読めば引用された詩とその解説にうなる。実作者であればあるほど、熱狂して読めると思います。

 ……余談ですが、私は1週間ほど前から『Wordsworth 〜HTML glossary〜』というソフトを使って『若原詩作用語集』を制作しています。若原の「自分用語」辞典です。『めろめろ』のコラム担当時に出したらおもしろいんじゃないかな、と思って作り始めました。
 そんな時期に本書の「詩学キーワード」を読んだわけです。いろんなことを気付かされました。ソネットも定型詩だってこと、すっかり忘れてましたし。用語集って、知らないことも知れるし、知っていたことも知り直せるし、面白いです。

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 本書は、作者の個人的思想や好みを抑えて、読者を尊重して書かれています。入門として最適です。ありそうでなかった一冊です。
 文章は軽め……と言いたいところですが、最初は口語的に軽く、後半になるにしたがって理論的に硬くなっています。リタイアしたくなるほど難しくも長くもないですが、全部を理解しようとしなくてもいいと思います。丁寧さと簡潔さが両立されている上手な文章だとは思いますが、内容が内容なので硬軟あるのはしかたないです。

 この本は、21世紀の「詩の入門書のスタンダード」と言っても良いと思います。まずは書店や図書館で手に取ってみて下さい。「これは読まねば」「これは買わねば」と思わせる、そしてその期待を裏切らない本です。非常にお買い得な一冊です。……手放しませんよ、私は。良書です。

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書名:現代詩作マニュアル
副題:詩の森に踏み込むために
著者:野村喜和夫(のむらきわお)
発行:株式会社思潮社
レーベル:詩の森文庫
2005年01月01日
ISBN4-7837-2005-3 C1295(定価980円+税)
posted by 若原光彦 at 01:22 | Comment(0) | TrackBack(0) | 書籍
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