2005年03月07日

書籍『詩とことば』



 先日ちらっと紹介した本です。先日は図書館で借りて読んだのですが、その後じぶんで注文しました。改めて読み返しましたが、やっぱり良い本です。「面白い」というより「ためになる」かな。いや。それともちょっと違う。知的快感や知識を得るための本というより、もっとあいまいな何かを受ける本です。

 この本は岩波書店が企画した『ことばのために』シリーズ6冊のうちの1冊です。この本に挟まっていた『ことばのために』の宣伝チラシにはこうあります──

 ことばのために──編集委員の五人が詩、演劇、小説、物語、批評をめぐり、いま、この時代に、ことばを生きるというのがどういう経験であるのかについて、ひたすらこの六人目の仲間であることばと向き合い、対話をかわすことで、そこでことばに教わったことを、書いてみました。


──ほんとうにそんな感じの本です。入門とか専門とかいう枠にとらわれず、誠実にやさしく、正直に書かれている雰囲気です。

   *

 本書は4章で構成されています。

・詩のかたち
・出会い
・詩を生きる
・これからのことば

「詩のかたち」では、詩と散文の違いをキーに、行わけ・リズム・繰り返しなど「詩独特の表記や仕掛け」について解説されています。ある情景が、散文で表現された場合と詩文で表現された場合との比較もされています。親切かつラフな書き方で(するするとまでは行けませんが)コツコツと一段ずつ、詩のおおまかな輪郭がほぐされていきます。
 でも、親切なのですがそれでも、詩を読まない(主に小説や随筆を読む)人にはよくわからない話だろうと思います。実作者には「慣れすぎて忘れていたこと」を思い出させてくれてとても面白いと思うのですが。

 第2章「出会い」では詩と人の関わり方・伝わり方についてです。章の冒頭にある「人はどんな詩に、出会うのか。詩は、どのように読まれていたのか。読者の姿を追う。」という文章の方が的確な要約かな。
「詩歌の表題やフレーズを題名にした小説のリスト」から、詩の使われ方、伝達速度、記憶に残り方などを考えてみたり。「抒情小曲」の隆盛について紹介したり。「どういう風に読まれてきたのか」という話がばらばらっと寄せてあります。
 うーん、これも実作者向けかな。でも「数十年前どうだった、なんて話をされても今現在の実作者に意味があるのかな」と思わないこともないです。すると詩の歴史の裏側を考えるつもりで読むといいのかな。ちょっとじれったい章かもしれません。3章、4章もですが、データの部分は飛ばして読んでもいいかもしれません。

 第3章「詩を生きる」は、ひとくちには説明できません。谷川雁・村上一郎・石原吉郎などを引きながら「作品」も語れば「時代背景」も語れば「作品の構造」にもツッコミを入れ「作者性・創作の型」にも言及する。もちろん作品を読んだ「読者」の傾向やその時代背景についても触れる。複合的問題が複合的につづられていきます。
 詩の輪郭が(1章とはまた違った視点で)切れ切れに挟み込まれている章でもあります。たとえば、石原吉郎について触れたあとに──

 個人が体験したことは、散文で人に伝えることができる。その点、散文はきわめて優秀なものである。だが散文は多くの人に伝わることを目的にするので、個人が感じたこと、思ったことを、捨ててしまうこともある。個別の感情や、体験がゆがめられる恐れがある。散文は、個人的なものをどこまでも擁護するわけにはいかない。その意味では冷たいものなのである。詩のことばは、個人の思いを、個人のことばで伝えることを応援し、支持する。その人の感じること、思うこと、体験したこと。それがどんなにわかりにくいことばで表されていても、詩は、それでいい、そのままでいいと、その人にささやくのだ。


──このような文章があったりします。作者や作品、時代に思いを寄せて寄せて、ぽろっと熱っぽく語ってしまう。なんだかにんまりしてしまいます。
 この章も実作者向きです。たとえば上記の引用部分を読んで、詩やポエムを書く人は「そうなんだよ私が思ってたのは!」と感動するかもしれませんが、和歌や散文しか読まない人には「そうか、だから詩って面白くないんだ」ぐらいにしか感じられないだろうと思います。

 第4章「これからのことば」は「詩の置かれている環境」についていろんな視点から書かれています。具体的には「詩集を出すという行為」や「新聞のコラムに詩が登場する回数・傾向」など。「現代詩の歴史」のあとで「現在はこういう詩を書けば温かく読んでもらえるというフォームが無くなっている」ことを述べたり、「自信家」のタイプをいくつか挙げて彼らへの違和感をほのめかしてみたり。
 今までの章は詩に興味の薄い人にもある程度対応していましたが、この章は明確に「詩に関わる人へ」向けて書かれています。口調がやさしいので落ち着いて読めますが、ぽろぽろと皮肉も感じます。希望や願いも感じます。楽観的でイライラもします。つれない横顔も見えます。持論も覗きます。でも、著者に言い押さえられている感じはしません。『ああこの人はそう感じているんだな』と落ち着いて読めます。絶妙な距離感です。

   *

 全体としては、創作論と範例集と入門と雑感と本音と作者評と歴史と理想と……もろもろがごっちゃになった内容です。エッセイでもあり、専門的でもあり、軽くもあり重くもある。著者が自分の好みや知識を並べてるだけじゃないか、と言われてしまえばそれまでという所もあります。

 詩に興味のない人にとっては、ちんぷんかんぷんの本だろうと思います。でもほんの少しでも詩を読み書く人には、たいへん豊かな読書になるだろうとも思います。
 詩なんていう特殊でこっぱずかしい無用の長物に手を出すことはリスクが高い行為です。だからこそ詩に関わろうとする人は、誰でも自然と問題点や解決策、動機やコツを自覚し深めていきます。この本はその「各自が持つすこしの自覚やヒント」を再説明し、話題を広げ、読者の気持ちを軽くしてくれます。この本を読んでも詩作の技術は上達しません、詩論や詩の歴史も詳しくは載っていません、引用が部分抜粋ばかりなのでアンソロジーとしても読めません、詩の未来が見える訳でもありません。でも、これはじつに「実作者」や「よい読者」のための本です。

 言い換えれば「詩が好きな人」のための本だということです。この本を読んでわいてくるのは『著者はほんとうに詩が好きなんだな。楽しんでるんだな』そして『私も詩が好きなんだなあ』という実感です。
 この本を読んでも詩が好きにはなりません、詩の入門書ではありません。でも「詩が好きな人」にはこの本は親しく読めます。じんわりと効いていきます。

   ◆

書名:詩とことば
著者:荒川洋冶(あらかわようじ)
発行:株式会社岩波書店
シリーズ:ことばのために
2004年12月16日第刷発行
ISBN4-00-027103-2 C0395(定価1700円+税)
posted by 若原光彦 at 22:31 | Comment(0) | TrackBack(0) | 書籍
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