2005年12月17日

最近読んだ本

 さて、ここ最近……といっても、9月以降だと思うんですけど。読んだ本をまとめておきます。順不同です。読後直後のメモなども混ざっているので、今現在からすると『そうか、この時こんな風に思ってたか』なんて箇所もあります。

   *

『文学名言集(日本編)』
著者:古谷綱武(ふるやつなたけ)
発行:株式会社ポプラ社
レーベル:世界名言集
昭和42年11月30日
*知人の家から貰ってきた。なぜこれが彼の家にあったのかは不明。
*日本の文豪たちの、名言を集め解説を加えている。名言の数は多くないが、人物の数はは多い。「田宮虎彦」までなら『名前だけ知ってる』と言えても「和田伝」「水上滝太郎」「広津和郎」となると聞いたことも無い。私が浅学なだけかもしれない。
*正直、本の詳細はあまり頭には残っていない。文豪たち数十人を一気にハシゴすると……かえって一人一人の印象が残らないみたいだ。
*この本、中学生を対象に企画されたものらしく、文章が軽快で、写真も多い。文豪一人一人に、ちゃんと顔写真が掲載されている。まあ、文豪のつら構えを見たからといってどうなるものでもないが、そこはかとなく、ありがたみがある本だとは思う。

『それも気のせいでありますように』
著者:岩城伸子(いわきのぶこ)
発行:フーコー
発売:星雲社
2002年3月25日 初版第1刷発行
*たしか名古屋のどこかのブックオフで手に入れたのだと思う。わからない。
*歌集。凄まじくきれいな本。自分が詩集を作るならこんな風にしてほしい、と思ってしまった。フォントが灰色で淡い。ページの表裏が繋がっていたり、謎の切り取り線が走っていたり、とても贅沢で不思議な作りがされている。だが、それが内証的な短歌にとてもよく合っている。きれいな本だ……。
*短歌自体は、教訓的というか……カレンダーに毛筆したら売れそうな気もする作風。「恐ろしく自信が無いのに希望など捨てた試しが無いのも事実」「ちっぽけな悩みと笑えた自分自身ちっぽけだとは笑えなかった」「あの時の精一杯は現在の私の限界ではありません」「結論は出てるのでした 習い事サボったあの日の笑顔みたいに」「目の前に海があったし二人とも裸足だったから夏だったんだ」など。スッと入り込んでサクッと切られる。痛いけど気持ちいい。さわやかに憎い。冷たくて気持ちいい。……好きだな、こういう温度。切なくなるけど、優しくもなれる。読んでいて気が静まる。好きだな。きれいな本だ。いいな……。

『ブルース』
原題:C'est beau une ville nuit
著者:リシャール・ボーランジェ(Richard Bohringer)
訳者:鳥取絹子(とっとりきぬこ)
監訳:村上龍(むらかみりゅう)
発行:株式会社幻冬舎
レーベル:幻冬舎文庫
平成9年4月25日 初版発行
*千種の(『神無月書店』だったかな? そんな名前の)古本屋さんで購入。
*著者はフランスの役者さんらしい。本書は、本国ではベストセラーだったそうだ。散文と詩文が混じる独特の小説。「僕は人生にサインした」「人生よ、僕にいっぱい時間を残してくれ」といったフレーズが光る。……しかし、小説としてはかなり個人的で独白的で読みづらい。展開らしい展開もない。共感したり何かを学んだりは期待できない。波長が合わなければ辛い読書になるだろう、かなり個性的な本。
*村上龍の役割は不明。原文からしてそうなのかもしれないが、全体的にリズムが悪い。読みにくく、イメージしにくい表現が多かった。
*巻末の、訳者による「解説」のミーハーな文章に萎えた。本編の重苦しいハードな雰囲気をぶち壊しにしている。どうにも……そういう本だと観念するしかなかった。よさげな予感がしたのだが、まんまと背表紙の「村上龍」という文字に騙されたと言えるのかも知れない。

『詩集 海景』
著者:桜井節
発行:捩子文学会
昭和34年8月10日(三〇〇部限定)
*これも千種の古本屋さんで購入。
*どうしてこの本を選んだのかよくおぼえていない。とにかく、1990年以後とは違う、メジャーでもない人の詩が読みたかったのだと思う。
*タイトル通り、約半数の作品は海の風景。しかし、何かが起こるドラマチックな海ではない。「どんなにゆすってみても/動かすことができない/舟影も見えず/うねりもない」のどかな海だったり、「波は言葉を持たないので/砂浜に幾重にも/のらり、くらり/ながいながい曲線を描いた」というたっぷりした海だったりする。平和で、どーんと広がっている海。ドラマチックな展開は無い。型にはまった感傷も似合わない。ただの海を、誇張せず持ち上げずにまろやかに書いている、と思った。
*ドラマチックじゃないから、刺激が少なくてつまらないと言えばそうなのかもしれない。だがこれはこれで、目立たないけれど芯の通った詩作だと思った。

『ボブ・グリーン 街角の詩(うた)』
原題:Johnny Deadline, Reporter
著者:ボブ・グリーン(Bob Greene)
訳者:香山千加子(こうやまちかこ)
発行:株式会社新潮社
レーベル:新潮文庫
平成4年3月25日 発行
*名古屋熱田の古本屋で買った。50円。
*著者はアメリカの名コラムニストらしい。ふざけた話、さわやかな話、切ない話、いろいろ載っているが、どれもとても上質。著者自身の影をおさえひかえて、出来事のみを淡々と記すスタイル。これは嫌味が無くていいな(形だけなら真似られるが、やはり題材が悪いとこう上手くはかけないものらしい、コラムって)。
*なお、著者自身を黒子として記述する彼のスタイルは、臆病・卑怯として非難もされているらしい。確かに毒舌は吐かないし、危険の中に突入していくみたいなエピソードも無い。単に、国のあちこちの逸話を読ませてくれるだけ。……そこがいいと思うんだけどな。
*にしても、どうやったらこれだけ良質なネタばかり集められるのだろう。とはいえ、彼はラストで「ネタ探しとして走り回り、人と話し、過ごし、暮らす」ブンヤの生活の異常さに心痛めてもいる。「クレバー」かつ「そこそこ普通」の人だから、こうしたものが書けるんだろうか。うーむ……。

『十七歳 1964秋』
原題:Be True to Your School
著者:ボブ・グリーン(Bob Greene)
訳者:井上一馬(いのうえかずま)
発行:株式会社文藝春秋
レーベル:文春文庫
1994年9月10日 第1刷
*名古屋熱田の古本屋で買った。50円。
*同じくボブ・グリーン。著者の17歳の頃の日記をもとに、日記形式でつづった小説。恋人に振られたとか、人妻に恋したとか、ラム酒の飲み方がわからんとか、目ざとい校長がいて学校にブーツを履いて行けないとか……非常に、とても、「なんてこたぁない話」が延々と続く。
*最初はひどくつまらなかった。あの鮮やかなコラムを書いてた人と同じ人の著作とは到底思えなかった。が、だんだん「なんてことなさ」が面白くなってきた。主人公の恋の波乱も大きくなり、心理的振幅も増してきた。……けっこう地味な本だと思う。悪い本ではないけれど、強く何かを感じるわけでも、強く馴染むわけでもなかった。私とは距離感の遠い本だった。そりゃ生まれた時代も国も違うんだから当然なのかもしれないけれど。
*なお、前編となる『十七歳 1964春』もあるらしい。私はこの『秋』しか持っていない。

『時の果てのフェブラリー─赤方偏移世界─』
著者:山本弘(やまもとひろし)
発行:株式会社徳間書店
レーベル:徳間デュアル文庫
2001年1月31日 初刷
*SF小説。数年前に買って、積んでた。ヒロイックなものが読みたくてひっぱり出した。
*角川スニーカー文庫版との違いはほとんどわからなかった。
*地球に出現した重力異常に、人並み外れた洞察力と直感力を持つ少女「フェブラリー」が挑む。父親との関係、軍人の思惑と正義、重力異常下の生存者など、精神ドラマとサバイバルで救いのない一面とが混じる。
*主人公フェブラリーがあまりに良い子なので、つい感情移入が激しかったかも。めまぐるしく展開するような話ではないんだが、着実に1シーン1シーンでハラハラさせられる。読んだ甲斐があったと思えた。

『オトナ語の謎。』
監修:糸井重里(いといしげさと)
発行:株式会社東京糸井重里事務所ほぼ日刊イトイ新聞
レーベル:ほぼ日ブックス
2003年12月5日 初版発行
2004年2月5日 四版発行
*どっかの古本屋で発見、購入。
*「幸甚」「あとかぶ・まえかぶ」など、オフィスで交わされる独特の言葉を集め紹介(しつつ、こきおろしつつ、大人のタイヘンさをしみじみと記)した本。
*下手な「Eメール入門」よりよっぽど実用的で役に立つ。文庫版も出てるらしい。おすすめ。メールを打つ時のボキャブラリーが格段にアップする。現代人必須……とまでは言わないが、一度読んでみても損はないと思う。

『新ゲームデザイン TVゲーム制作のための発想法』
著者:田尻智(たじりさとし)
発行:株式会社エニックス
1996年1月1日 初版第1刷発行
*あっ。お正月だ。
*大昔に自分で買った本。『詩のあるからだ』のスラム原稿をゲームの世界から選びたいな……と思い、引っ張り出してきた。
*中身がまったく古びていないことに驚く。古びている点があるとすれば、次世代機に対する懸念的な見解ぐらいだろう。十年前にはここまでポリゴンが氾濫するとは思ってなかったよな、誰も。ましてやPSPみたいな携帯ゲーム機が出るなんてなあ。
*詳しくない方のために言っておくと、著者の田尻さんは『ポケモン』のゲームデザイナー。ゲーム同人誌発行からゲームライターになり制作者になった、生きる伝説の人。

『自然の詩』
編者:舟崎克彦(ふなざきよしひこ)
発行:株式会社筑摩書房
レーベル:詩のおくりもの
1981年8月25日 第1刷発行
*古本屋で入手。図書館で読めそうな気もするけど、あったので、なんとなく手に取った。
*自然にまつわる詩を集め、解説を添えたアンソロジー。自然、と言っても花鳥風月がメインじゃない。馬だったり、糞だったり、山だったり、ストロベリーフィールドだったり……。華がないとも言えるし、テーマとは無関係に単純に各作品が面白い、とも言える。中高生には……どうなんだろう。アンソロジーとしてはちょっとボリューム少なめ。

『詩なんか知らないけど』
著者:糸井重里(いといしげさと)
編者:水内喜久雄(みずうちきくお)
発行:大日本図書株式会社
レーベル:詩を読もう!
2000年2月29日 第1刷発行
*あっ。2月29日だ。って、単に月末発行にしたらそうなっただけかな。
*ライトで読みやすく、ちょっと不思議な詩集。各詩作品にひとつずつ解説が載っている。曲のための歌詞や、曲の歌詞になった詩なども掲載されている。
*見た目より薄く、作品数も少なく感じた。読後は『もっと読みたい!』と残念に思ったが、古本屋で100円で買った奴が言うことではない。

『真実の言葉はいつも短い』
著者:鴻上尚史(こうがみしょうじ)
発行:株式会社光文社
レーベル:知恵の森文庫
2004年9月15日 初版第1刷発行
*『UPJ3』に出向く直前に、名古屋駅ビル内の本屋で衝動買いした。読んでいる者の胸を打つ、良い本。熱く、切なく、痛々しく、頼もしく、取り返しがつかない。鴻上さん自身がそういう生き方をしてきた、あるいは、演劇自体がそういう道なのだろう。
*名言至言と呼べるようなフレーズがそこここにある。役者やバンド、もちろんリーディングも……なにかのステージ表現をしている人は読んでみるといいと思う。真剣な人の真剣な言葉を読むと、パワーが湧く。自分の感覚が鋭くなる。
*内容自体は、統一感がなくどっちゃらけた様子だが、それが逆に良かった。演技論もすれば戯曲作成ガイドもすれば、時事ネタも出せば、ネットについて触れたりもする。普通にエッセイとして楽しめる。……ただし、あなたが何かの創作・表現をしているなら、一字一句が自分のこととしてギュウギュウ食い込んでくると思う。

『詩誌さちや 130号』
発行:さちやの会
2005年9月20日 発行
*ある方より頂きました。
*下呂〜可児〜岐阜〜愛知に会員がいるサークルの詩誌。
*篠田康彦さん『褐色の夏』が良かった。出だしはなんだかのどかな感じがして、そのまま身を委ねて読み進んだら、中盤で血の気がひいた。全体のみずみずしさと、淡々とした終わり方と。内容と空気と見えるものとがやけに鮮明でドラマチックだった。すごい。

『沃野 483号』
発行:愛知詩人会議
2007年10月1日 発行
*おや? 未来の本だ。なんか得した気分。
*ある方より頂きました。
*ある詩集の評が二名から寄せられていた。重く、考えさせられる内容だった。
*佐相憲一さんの公演、その要約が載っていた。非常に“詩”を信じている、愛している人なのだと感じた。その信念は美しく頼もしいが、信念を持てないでいる多くの作者には鬱陶しさを感じさせるかもしれない。だからどうだということはないんだが……。
*「“作者性・個性”と“普遍性・一般性”のバランス」について思った。どちらが大事とは言えないが……。

『沃野 484号』
発行:愛知詩人会議
2005年11月1日 発行
*ある方より頂きました。
*江川直美さんの詩『実在または奴隷、隷属』が気になる。詩というより宣言のような7行なのだが、これは一体なんだろう。なんでこう、読むと胸にカッと湧くものがあるんだろう。そもそもこれは何を描いた詩なんだろう。気になる。
*長谷川節子さんの『ぞっとする話』が凄まじい。枕元に来るムカデを叩き潰さんとする情景。全編にホラー映画ばりの「何かが置きそうな空気」が流れている。10-22(土)の『Bird-水尾佳樹-はんせいき』で朗読をお聞きしたが、テキストで読んでもやっぱり面白い。すごい。

『ガニメデ 34号』
発行:銅林社
*ある方から頂きました。
*表紙をめくると「今、大移動する言語。その履歴(ヒステレシス)を問う、詩歌文藝誌。」とあった。その意味はわからないが、とりあえずまじめな本ではあると思う。読みごたえは強い。みっちりしたパンを噛み続けてアゴが筋肉痛になりそうな、たっぷりお腹が膨れるような。デザインは、余白が多く文字が鮮明、緊張感があって美しい。
*詩や論評のほか、短歌が多く載っていたのが意外だった。載っている作品は、本の外観ほどコワモテではなかった。ただ、やはり全ての詩でイメージが結んだかというとそうでもなかった。やっぱり難しかったのかな。読みづらい感じはなかったのだけれど。
*倉持三郎という方の詩が気になった。生活観があるような、生活の歪みを描いているような、生活の隅の奇跡を描いているような、何かをガリガリ削っているような……それらの感じが同時にする。膝を打つような面白さがあるわけじゃなくて、なんかこう……読んでいるとじわじわと引き込まれていく感じ。

『短歌レトリック入門──修辞の旅人──』
著者:加藤治郎(かとうじろう)
発行:風媒社
2005年9月25日 第1刷発行
*あるところから頂きました。
*著者は歌人。本書は雑誌などでの連載をまとめ加筆修正したものらしい。
*短歌という表現で用いられる修辞的な技法について、現代短歌の実例を挙げながら解説している。短歌独特な……例えば「本歌取り」なんて項もあるが、多くの項目は詩にもあてはまる。書名にに「短歌」とあるが、単に「レトリック入門」として読んでよい。おすすめ。
*作文的な詩・短歌しか書けない、好きじゃない人はぜひ読んでみるといいと思う。もちろん読んだだけで技術が身に着くなんてことはないけれど、関節の外し方やイメージの紡ぎ方など多くの発見が得られると思う。
*文章は難しくなく、多少くだけている。しかしそのぶん波長が合わないと読み辛いかもしれない。でも『普段はもっと硬い文章をバシバシと書いている人なのでは』と感じた。実例に挙げた歌の解説では、語彙ゆたかに実感を込めて歌の説明をしている。例えば(203〜204ページ)──

 さて、みなさん……教卓に黒き鞄あけうさぎを掴む午睡の夢に 上村典子『草上のカヌー』

 静謐な作品です。午睡の夢というのは、先生の休日の一こまを思わせます。「さて、みなさん…」といつものように授業を始めようとしますが、それ以上現実の場面を再現することはできません。黒い鞄を開けてうさぎを掴みます。鞄の黒さとうさぎの白さが印象的です。
 夢の中でこういうふうに出てくると、それは何の象徴だろうかと想像したくなります。不思議の国へ誘ううさぎは、おとぎばなしの始まりのようでもあります。あるいは、うさぎという弱い存在を掴み出すことで、現実の学校の厳しい場面を暗示しているのでしょうか。いずれにしろ、鞄のうさぎを異物とは思っていません。そのまま静かに受け入れているところに、この夢によってどこか癒されている作者の心が伺えるのです。


──「さて、みなさん…」の歌を詠んで『ああ、なんかいいな』くらいは思えても、色の対比から癒しまで読み解くなんて私にはできない。下手な作品解説は読者の解釈を狭めるだけに終わることがあるが、この著者はそんなことはしていない。素読だと気付かない点をわかりやすく分解し読者の認識を広げてくれている。『やっぱりどの世界にもすごい人はいるんだな、本当の批評家ってこういう人なんだろうな』と感服した。

『丸山進句集 アルバトロス』
著者:丸山進(まるやますすむ)
発行:風媒社
2005年9月15日 第1刷発行
*あるところから頂きました。
*俳句ではない。川柳。著者は1943年生まれで、句作は1996年から。
*「耐えているベルトの穴は楕円形」「目の前を全裸の犬が走りぬけ」「おまえもかできちゃったのか雪だるま」「海峡を行ったり来たり八代亜紀」などに爆笑した。「有料になってしまった吹き出物」「お近づきに遺伝子一つ差し上げる」「つまらないものを分母に持ってくる」「爪らしい出番なかった爪を切る」などの笑えるような笑えないシーンもあり。「古墳からルーズソックスらしきもの」「玄関を開けたら一本背負いかな」「腹いせに寝ている亀を裏返す」「恥ずかしいところが急に光り出す」といった、訳わからんものにも口元が歪んでしまう。「もう一度白い粉からやり直す」「信号は紫なので泣きましょう」」「電柱は精神力で立っている」「飛び降りるところが今日も混んでいる「おふくろの味にレタスはなかったな」など、ドキッとするひとこともある。
*つまり、ホンワカしてニヤッとしてドキッとしてシューンともして『やられた!』とも『よくぞ言った!』とも『何やっとるんだアンタぁ?!』と著者に突っ込みたくもなる……「クール」な本。どこを取っても面白い。そして面白いだけではなく、ふざけ具合や素材の現実味に大人の節度も感じる。平然とウィットに溢れた、真面目でおかしい、よい本だと思う。川柳って図書館などでは詩歌のコーナーに置かれてしまうのだろうけど、これは一般書に置かないともったいないなあ。
*時代ごとに作品が並べられているのだが、微妙に、時代ごとの差を感じだ。初めの方(中年期。川柳創作開始の数年間)は、サラリーマン時代だからか、なんとなくシニカルな句が多いように思う。それが後年に進むにつれて、訳わからんシュールなものや脱力させられるようなもの、ホッとするものなどが混じってくる。年を経るごとに落ち着いていったようにも感じる。私の考えすぎかもしれないが……この人は川柳をとても楽しんで歩んできたのだな、という筋道を感じて、ちょっと嬉しくなった。もちろん実作はいつも苦心されたのだろうけれど。全編に創作が人生と平行して流れている雰囲気がして、なんだかとても安心した。
*川柳作家や歌人からの解説が3品ついているのだが、これがまた良い。「どうしてこの人の川柳に嫌味を感じず、純情さや上品さを感じるのか」、ときほぐして説明してくれている。実作者なら納得するところも多いと思う。私は反省するところが多かった。
*でも、言葉で難しく説明してもあまり意味がない本かもしれない。理屈ぬきで、実際に読んで楽しむとよいと思う。気分転換に旅のお供に。……電車内で読む時は気をつけましょう、笑ったり顔をしかめたり、変な人になるから。幸せそうでいいけど(笑)。

『不在』
著者:宮沢章夫(みやざわあきお)
発行:株式会社文藝春秋
2005年1月15日 第1刷発行
*図書館で借りて読んだ。作者は脱力・ユーモア・破天荒なエッセイも書く劇作家・演出家。この人のエッセイが私はとても好き。
*この人の小説『サーチエンジン・システムクラッシュ』も過去に読んだが、そちらはエッセイとはまるで違い、淡々と暗い、現実と微妙にズレた世界の物語だった。さまよわされる感じが面白かったが、エッセイとのギャップには多少驚かされた。
*いずれにしても好きな作家さんなので、本書を見つけた時は喜んで借りた。……が、これは不味かった。読み進めるのがこれほど苦痛な本も久しぶりだった。
*登場人物が無意味に多い。「不在」である或る男が話の鍵で、何人かの登場人物が彼を探すのだが結局ラストでも男は不在のまま、うやむやに終わる。すっきりしない。登場人物が途中でバタバタ死ぬため「謎は解けなくても人生は続く」といった感慨もなかった。作者の強引な都合を見取ってしまい嫌気がした。しかし手抜きされているようには感じない。だがバキバキの不条理小説かと言うとそうでもない。何らかの意図があって作られた小説なのだとは思うが、狙いがさっぱり読めない。すっきりしない。
*ところどころに、異常な長文が出現していた。実際に見てもらうとわかる(141〜142ページ)──

幸いだったのはスナック銀世界が、ほかの住居と離れた田のなかにぽつんと存在していたからだと誰もが思ったのは、爆発音があって一分も経たぬうちにスナック銀世界の全体に火は廻っており、その炎が黒い空に高く上がっていたからだが、もし民家に隣接していたなら延焼はまぬがれずもっと大きな被害になっていたと思ったのはさらに数日が過ぎてからにほかならず、むしろ、はじめて見るその光景には火の力の激しさや発する熱の強さ、あるいは燃えるその色のまぶしさにただ畏怖を感じるばかりで、ほかになにか考える余裕など与えられずにいたし、火そのものがどこか人の深い場所にあるのだろう畏敬を呼び覚ますかのようで、懼れがなかったはずもないし、怯懦(きょうだ)や震撼もありはしたが、それでもなお、惹きつけられるような力がその火の色にはあった。


──これはほんの一例で、全編で数十はこんな箇所がある。とてもじゃないが楽には読めない。文は読めるが、絵や内容は浮かばない。意味が伝わってこない。作者はエッセイなどではすごく達筆な人なので、この理解を拒むような文章は明らかにこの小説のための意図的な表現なのだと思う。ではその意図とは……わからない。すっきりしない。苛々する。読み辛い。なんだ……。
*「、」を「。」だと思って読めばよかったのかもしれない。とにかく、なかなか苦痛な本だった。そう作られた本だとわかってはいても、読んでいてこたえた。

   *

 最後の3冊はここひと月に読んだものなので、ちょっと詳しく書いてしまいました。3冊とも印象深い本でしたし。
 それにしても、長いな。多いな。……あたりまえか、数ヶ月ぶんなんだから。やはり溜め込むものではないですね……

 あと、他には『日本現代詩歌文学館』の館報も何枚か読みました。郵送の手続きをしてくださった方がいて。……ありがとうございました。
 ネット上では、偶然みつけた四コママンガ続きが気になる創作小説出版関係のコラム集を読んだりもしました。「よみくらべスラム」のテキストを探しに『プロジェクト杉田玄白』の参加作品をあさりもしたっけ。
 妙なところでは、異質なビジュアルから興味を持ち「タブ・スペース・空白のみで書くプログラム言語の解説文」なんてものも読みました。そんなことしてる場合か、と言われそうですが、コラムのネタ探しとかしてるとつい脱線して……。

 あ、詩の入門としては定番らしいのですがC.D.ルーイスという人の『詩をよむ若き人々のために』という本も読みました。これはあまりに良い本なので、いずれ読み返し、あらためて書きます。すごく良い本です。今は絶版だそうですが数年前まで「ちくま文庫」で出ていたそうなので、見つけたらとりあえず買って正解です。

   *

 しっかし、私の読書って古本屋のワゴンセール品ばっかりですね。世の中がこんな奴だらけだったら、出版社も古本屋もつぶれてしまうな。すまんこってす……。

 あと……オフラインの場に出て行くようになって、まれに詩集や詩誌を頂くようになりました。私って、そんな、本を進呈するに値するような人間なんだろうか。いつのまにそんな偉くなったのやら。土手でエロ本拾って読んでるのがお似合いの下衆な野郎ですよコイツァ。……毎回もうしわけなさを感じつつ、ありがたく読ませて頂いてます。……あ、土手のエロ本をじゃないですよ、頂いた詩歌関連の本ね。言わんでもわかるかンなことは。
 ……。ちゃんとした詩集を出版したこともないし、オフラインの同人誌に入ったこともないから……無駄にびびってしまってるだけなのかな、私は。本の進呈って、オフラインでは別におおごとじゃないのかな。どうなんだろう……。
 時々ね、怖くなることがあるんです。いろんな方によくして頂いてますけど、何もお返しできない。利子つけて出世払いしたいけど、私は大スカかもしれない。責任を感じるのですね、ものを貰ったり、親切を受けたりすると。しょっちゅう借りを作ってばかりで、返すあてがない。

   *

 借りで思い出したのですが、先日『TVチャンピオン』を見ていたら(というか、作業のバックに流して音声だけ聞きいてたんです。もとい、見ていたら)『ジョーダンズ』の「金八先生じゃないほう」が司会をしてました。
 ……その司会のしかたが、私の恩人の某詩人を連想させました。よく聞いていると、部分的にちょっと似ている。男子を「おまえ〜」っていじくるとことか。
 ジョーダンズのかたが同じことをやるといやらしく映るのだけれど、あの詩人だと……からかいでも何でも、タフさや愛情が読み取れる。部分は似てるのに、感じ方はまるで違う。『人の雰囲気ってこう異なり、こう効果しているのかなあ……』と、懐かしいような新鮮のような、妙な気持ちになりました。
 年末だったからかもしれませんね。私は毎年、年末はナーバスになりがちです。まっ、新年はもっとナーバスになるのが常ですけど。なんでかな。
posted by 若原光彦 at 01:46 | Comment(1) | TrackBack(1) | 書籍
この記事へのコメント
はじめまして、丸山進と申します。
こちらの本の紹介で、取り上げていただいた
句集『アルバトロス』の作者です。
川柳をやってます。ネットを検索しておりましたら、今頃ではありますが、
こちらに辿り着きました。
拙句集を読んで下さり誠にありがとうございます。
そして、暖かい感想の言葉の数々、犬も歩けばの
犬が宝物を探し当てたような気分です。
それでお願いですが、私のブログからもリンクを
張らせていただきたく、ご了解のほど、
よろしくお願いいたします。
Posted by 丸山 進 at 2006年12月03日 20:34
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Excerpt: 東海を中心に活動されている新進気鋭の詩人、 若原光彦さんのブログの 中の『最近読んだ本』で『アルバトロス』の感想を書いて下さっている。 もう1年も前に書かれたものであるが、今までしらない..
Weblog: あほうどり
Tracked: 2006-12-04 14:43