
6月以降に書いたものはいろいろあるんですけどね。いつも、出す直前になり読み返すと、手が止まっちゃうんですよね。『こんなもの出していいのか』って立ち止まってしまう。考えすぎなんでしょうね。あんまり深く考えずにパッと出しちゃやいいのかな。うー。
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それはさておき。今日(もう昨日ですが)NIPAF(日本国際パフォーマンスアートフェスティバル。場や身体による芸術表現の団体)を見に行ってきました。
ひさびさのアートパフォーマンス観覧でした。面白かったです。とても。いいものを見た。これはよかった。
7名の方が出演されたのですが、1人目、ロナルド・アブリヤンさん(インドネシア、ジョグジャカルタ出身)のパフォーマンスはとてもよかった。
会場の観客席から15人ほどを選び、前に立たされました。私も選ばれて立ちました。そして、ロナルドさんから紙を見せられました。日本語でこう書いてありました――
ワインを口に含んで、
吐き出してください
∧
ロナルドの口に
――は? 「ロナルドの口に」を読み落としたため最初は『何のこっちゃ』と思ったのですが、よく見たらこりゃ、いや、やっぱり、何のこっちゃ?
ロナルドさんからワインの入った紙コップを渡され、15人は次々に、それを口に含みました。そして、ひざまづいて口をあけているロナルドさんに、ワインを吐く。彼はそれを、飲む。『……ちょっと引けるなあ。吐いて飲ませるなんて、なんだか相手を侮辱してるみたいで』と思ったのですが、会場はにこやかに笑いが起こっていました。うまく吐けなくてこぼす人がいたり、ちょびっとだけ含んでちょこっとだけ垂らす人が居たり。ひねた笑いじゃなくてね、はしたない行動を晒すことから、場が打ち解けたような感じ。
そして15人が全員ワインを(彼に)吐き終わると、ロナルドさんはビニール傘をさし、ブドウを手にしました。そして「口を開いてください」と英語で言い、ブドウのひと粒を、参加者の口にくわえさせました。
『あれ、口を開けっていうから、ブドウを食べさせてくれるのかと思ったけど、そうじゃないのか?』と思った矢先、ロナルドさんが参加者にディープキス。騒然とする会場。「次は自分たちもか?!」と顔面蒼白になる残り14人(私を含む)。どうやら、くわえさせたブドウの粒を、ちゅばっと唇で食べ取っているらしい。こりゃ、また、なんだ。
次々に残り13人(ひとり女性が拒否されました。まあ、普通に考えればそうだわな。……もとい、残り13人)が同じようにディープキスでブドウをもぎ取られ、彼のパフォーマンスは終了しました。
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冷静に考えると、これはとても優れたものだったと思います。まず、会場がとても和やかになりました。奇抜さからくる「盛り上がり」と、説明がないことで増幅される「興味心」と、意図や決意が見え隠れすることから湧く「パフォーマーに対する尊重」と。アーティスティックでもあり、単に生身の人間ってだけ、でもある。
はしたない行為を求め、それをさせ、そしてロナルドさん自身が受ける……というワインの前半。甘味を与えるかと思いきや、それを直に、はしたなく奪う……攻守が逆転し行為が直接的に発展エスカレートした後半。ここには「施される者・施す者」「奪う者・奪われる者」など、深い批評が隠されているような気がします。
なぜ前半がワインで、後半がブドウの粒なのか。ここにも豊かな教示が含まれてます。ワインは、たくさんのブドウの粒からできる。ワインから粒へ移行することで、ぐっと「原点」に接近していく。それは「吐く」から「唇」に接近することとも重なる。
そして、後半のビニール傘。ワインを吐かれて受けていた時は傘をさしていない。種をもぎ取る立場になって、傘という装備を手に入れている。傘なしで受ける液体(ワイン)と、傘をさして口づける果実。一方的な加工品の贈与からジャンプアップし、降水に対する対処を持ち、友愛も強引も含めて原種を受け取る段階へ。ここには何か関係的な希望が暗示されているのだと思います。批判的にも、期待的にも。
道具立ても適切でした。ワインは(日本人から見れば)宗教的なイメージを含む飲み物です。そこから来る非現実味や意味深さ。そして一方、ブドウの粒が持つ宝石のような可愛らしいフォルム、そこから来る爽やかさや愛らしさ。ひいては所有欲やみずみずしさ。
このパフォーマンスはオレンジジュースとオレンジでは成り立たなかったと思います。ワインとブドウを選んだから、儀式的な連帯感・静謐さ・非現実さが演出され、一方に陽気さや人間味も備わった。作品としての安定感が高まった。
とてもよく計算されたパフォーマンスでした。「退屈させない」「興味をひく」といった表層はもちろん、「隠された意味・意図・表現対象」の奥深さもあって。「なぜパフォーマンスアートという表現手法でなければならないのか」「なぜ眼前で行われなければならないのか」という問題も当然クリアされていて。
また、作品として閉じてもいませんでした。今日のような好意的な空気の場でなくても、もっとピリピリしたアカデミックな場でも、このパフォーマンスは成り立つと思います。その時々によって、相手や場によって感触は変わってくるだろうけれど、それでもこれはどこでもそれぞれに成り立つ。その場でしかない何かが成り立つ。優れた作品でした。
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何より、このパフォーマンスが終わった後、会場の空気がとてもよくなっていたんです。ロナルドさんのパフォーマンスによって、いつのまにかお客さんたちの「アートパフォーマンスに対する警戒感・先入観」が解け、かつ親近感や集中力、理解力などが高められていました。人に優しい、場に優しい、場で行い実感・体験させる意味がある、優れたパフォーマンスでした。いいもの見ました。唇は奪われましたけど(って茶化しちゃいけないかな。うん)。
ほかの方のパフォーマンスも面白かったです。視覚的・音響的な面白さがあるものもありました(山崎さんのスプーン投げとか、寺尾さんの蝋燭とか)。ほかにも、身体的でこそばゆい感触、暗示的な物の残し方、ちょっとしたトラブルなんかもあって。7人7様以上に、いろんな面白さがありました。
ひさしぶりのパフォーマンスアート観覧でしたが、なんだかこう……静かで豊かなものを見てきたような気がします。そわそわもするし、しっとりスーッと気が静まってもいるし。いいもの見ました。これまで、パフォーマンスアートって見方がわからなかったことも多かったんですけれど。今日はとても面白かったです。楽しみました。
あ。今日じゃないんだ、もう昨日だっけか。

素晴らしい解説文だ!これは!
英訳してロナルドさんに届けたい
(僕には無理だけど…)
アップするのを
ためらっているという
幻のブログ達も
是非思い切って
いつか発表して下さいね!!
超駄文とかも☆
ちなみにロナルド君と滅茶、仲良くなりました!あとフィリピン人のボエット君とも。